モンスターカレンダー

« 2011年2月 »
12345678910111213141516171819202122232425262728

2011年2月アーカイブ

幸せな解放......?

縛られていた物事から解放された時、
人は見せていなかった最高のいい顔を見せます。

それは、弾けるような喜びを見せているかもしれません。
穏やかな安心を見せているかもしれません。

見えていなかった未来が拓け、忘れていた感覚に戸惑いつつ自分の意志で予定の組み立てをするでしょう。

わたしの場合はあまりに嬉し過ぎて、頭が真っ白になってしまいます。
回復するには、いくらかの時間が必要になってしまいます。

この推測から感じるのは、「大きないい感情」です。
最初に書いたような文章だけからでも、感じるられるでしょうね。

しかし、本当にそうでしょうか?

もし、縛られていた原因が本来は感じなくてもいいものだったら。
そう感じることに限界を感じ、我慢し続けた末に解放されたとしたら。

この「解放」は最初に書いた「解放」とは違う意味です。
解放を待っている最中に、望んでいなかった「解放」になってしまったのです。

このような解放も、実はたくさんあります。
今の時間、同じ地球にある別の場所では実際に起こっているかもしれません。

最初に書いた文章を、どうしてもいい意味だけに受け取ってしまいがちではありませんか

わたしも、そう受け取りがちです。
わたし達にとってはいい意味でも、同じ地球にある別の場所ではもしかしたら......。

無意識の自分

人間、時間を忘れて無意識になるほど没頭して作業を行うと、
その人本来の能力がフルに稼働するからなのか、後から見返すと、
まるで自分が作業した物とは思えない結果になる時ってありません
か?

火事場の馬鹿力ってやつに似た感じなのかもしれませんが、
私にもそういった経験が過去に特定のジャンルであります。

それは文章。

こういったフランクな内容を基本にした文章では、
なるべく文字にする時に、意識を働かせながら文章を書いているのですが、
昔から運営しているブログでは好き勝手なことを書いています。

調子が良かったりすると2000字にも渡って、
ただひたすら文章を書き綴っているのですが・・・。

長文を書いていると途中でネジが外れたように、
意識が無いかのように勝手に手が文章を打ちこみ始める時があるんですよね。

でも書き終わった時は自分自身で書いた文章ですから、
ある程度、日頃書いている文章に似たものを書き綴っていると思っているのですが、
数週間後、数カ月後に見返してみると、「これ俺が書いたの?」って時があります。

そしてもれなくそれは長文の文章だったりするんですよね。

きっと無意識の内に「本当に書きたいと思っていること」を、
私の脳が自由気ままに単語をチョイスしながら指を操作しているので、
後から見返すと、見慣れない文章の様に思わせるのかもしれません。

きっとこういった経験って皆さんにもあると思うんですよね。

徹夜が続いて意識が朦朧とする中、
それでも仕事を終わらせないといけないと必死に作業したら、
いつもの自分とは違うような内容の結果が出来上がりとして存在していたとかね。

子供の教育

子供の教育について、親が自分の子に甘すぎるせいで、
他の地域では分かりませんが今の東京って時間を問わず、
未成年が街中を徘徊していますよね?

真夜中であってもコンビニの前で、
平気で中学生くらいの子が雑談をしていたりするわけです。

昔もこういった人は少なからずいましたが、
その多くは世間の道から既に外れてしまった人ばかりだったと言え
ます。

しかし今は至って普通の子までが、
家の中で権力を手に入れてしまい、平気で真夜中であっても、
コンビニなどの前で雑談をしているわけです。

ちょっと日本もおかしな方向へ進み過ぎですよね。

個人的には理由のある教師の体罰は良きものとし、
暴走族も取り締まりの規制を緩めるべきだと思いました。

最近じゃ~規制が強くなり道路を暴走族が、
バイクなどを暴走する頻度も極端に減りましたが、
どっちがデメリットがあるのかな?と思ったりするわけです。

私が中学生くらいの時には、まだ暴走族が街中を走っていましたが、
逆に街中で深夜に遊んでいる若者は少なかった様に思えます。

それは親のしつけが厳しい時代だったからなのかもしれませんし、
深夜に遊ぶ学生の多くは暴走族だったからなのかもしれません。

どちらにせよ個人的には無差別に若者が、
深夜に徘徊している方がトラブルになる確率が高いと思うんですよね。

自分から暴走族に喧嘩を売りに行く人はいないわけで。

でもコンビニで地べたに座っている人達は、
時たま無差別で因縁を吹っ掛けてくる時もあるわけです。

暴走族のバイク音は、それ相応の五月蠅さはありましたが、
昔の方が平和だったように思えるのは私だけでしょうか?

ブログというもの

 ブログというものはインターネット上で公開するものですが、日記とかパソコン、携帯電話に向かう習慣がないと大変だと言います。たしかにそうでしょう。一日だけでなく続けるわけですから、けっこう辛くなります(あ、私のことです。みなさんは簡単でしょうが)。毎日でなくてもいいんですが、更新することによって見てくれている人の反響も比例すると思います。

 ブログは不思議なもので、画像(写真のデータ)を3枚載せるとけっこう見栄えがよくなります。「百聞は一見にしかず」です。それで少しでも説明文を入れるとなお良くなります(画像二枚分、文章一行だけでもいいんです)。

 今もいろんな方がブログを更新しています。季節感のある画面では正に今を感じます。日本列島がけっこう広いこともです。いや世界、いや宇宙からのブログが見られますから、もう無限大の情報が得られますから、暇がなくなりますね。これから予定がない人は人の行動を参考にして何をするか計画を立てられるでしょう。

 それからブログの中にはBGMが鳴る設定をしているものがありますから、スピーカ-の音量を大にしておくと大変なことになりますのでご注意ください。さて、またブログを見に行くことにします。